NHKの大河ドラマ「天地人」が佳境になった。夫の大好きな「関ヶ原の戦い」が近づいてきている。会津若松城には19年前に新婚旅行で訪れた。秋だったので落ち着いた美しい城と思った。この城には蒲生氏郷が入り、氏郷亡き後上杉景勝が主になった。徳川、伊達のおさえには大物で無ければ務まらない。地政学上常陸・会津は重要らしく豊臣時代は常陸は「佐竹」、会津は「蒲生」「上杉」。徳川時代になり常陸は御三家の「水戸」、会津は最終的に「松平」と、大物が置かれていたらしい。良く分からないが「蒲生」「上杉」は配下に万石級を与えていた。この方式はトップが蒲生氏郷、上杉景勝のように統率力があれば有効と言われている。それに対して「松平」は配下に中級を多く持っていた。支配方法が違う。ここはあえて言えば負け組の城で、蒲生家・上杉家・加藤家・松平家は勝ってはいないそうだ。
姿三四郎のモデル、西郷四郎も会津出身だそうです。夫は次に上杉・徳川の激突の話をしたいそうだ。

会津若松城

蒲生氏郷の墓
posted by jirokayo at 23:42|
Comment(2)
|
TrackBack(0)
|
歴史
|

|
行きたいなあと思いますが、福島ってなかなか遠いですよね。
あの当時は東北旅行が流行っていたと思います。
主人が予定表を作って、私が三宮のJTBに手配に行きました。
主人は会社の女の子に
「ヨーロッパ旅行に連れて行ってあげてくださよ。
お金が無いわけでもないのに!」
と言われたそうです。
でもあの時は東北に行っていて
良かったと思いますね。